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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)677号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人株式会社マンリー藤井の昭和六三年一月二六日発行にかかる新株一万〇八〇〇株について、同月二五日被控訴人らの間でなされた株式引受契約が無効であることを確認する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  本件訴えの適法性について

(一) 著しく不公正な方法による新株発行の場合には、不公正な発行であることにつき、悪意で新株を引受けた者に対し、民法四二四条の詐害行為取消と類似した関係として、新株引受契約無効確認の訴えを認めるべきである。

また、株主は、その出資した財産の管理を会社に委託する者であり、会社財産の管理運用の実際に当たる取締役は、株主に対し信託委託者の地位にあるから、取締役が正当な理由もなく、自己または第三者の利益のために株主に不利益を及ぼすような行為をした場合には、信託法三一条で受託者が信託の本旨に反する処分をした場合に、受益者が相手方または転得者に対しその処分を取消しうるのと同様に、取締役が新株発行により特定の株主の会社支配を奪うことを意図するなど不公正な方法による新株発行をした場合には、株主が不公正な発行による新株を引受けた者に対しその引受無効確認の訴えをすることを認めるべきである。

(二) 控訴人の本件請求が認容された場合、本件新株全部につき商法二八〇条ノ一三の一項の適用が問題となり、その場合同条項を適用して取締役に本件新株を引受けさせることはできないから、発行された新株全部について引受人がないという事態を招来し、新株発行無効の訴えで勝訴したのと同様の結果をもたらすことになるとしても、新株引受契約無効確認の訴えと新株発行無効の訴えが、結果において同様の効果を生ずるという理由で一方の訴えを不適法とすべきではない。

(三) 控訴人の本件請求は、本件新株引受契約の無効確認を求めるものであるところ、確認訴訟の対象は、現在の権利または法律関係の存否であるのが原則であるが、必ずしもそれに限らず、現在の権利または法律関係の個別的確定が紛争の抜本的解決をもたらさず、かえって、これらの権利または法律関係の基本となる法律関係を確定することが紛争の直接的かつ抜本的解決に適切かつ必要である場合には、それが現在の法律関係であるか過去のそれであるかを問わず、確認の利益があると解すべきである(最高裁昭和四五年七月一五日判決・民集二四巻七号八六一頁、同昭和四七年二月一五日判決・民集二六巻一号三〇頁、同昭和四七年一一月七日判決・民集二六巻九号一五一三頁。)。

本件においても、株式引受契約という法律関係が基礎となって、控訴人による株主権の行使が行われて行くことになるので、それに伴って生ずる多数の法律関係の基礎となり、前提となる法律関係である本件株式引受契約の無効確認をする必要があるものである。

2  本件株式引受契約の無効について

(一) 本件新株発行が藤井捷之助による多数派工作であることは既述のとおりであるが、そのことは、以下の事実によっても認められる。

被控訴人会社においては、これまで資金の必要が生じた場合には、取引銀行から借り入れをするか、代表取締役であった控訴人からの借り入れで賄ってきたものであり、増資による資金調達を行ったことは、昭和三六年の会社設立以来一度もなかったことであり、今回も増資による資金調達をする必要は全くなかった。

また、仮に増資による以外に資金調達の方法がなかったとしても、そのために一万〇八〇〇株もの新株を発行する必要はなく、被控訴人会社の株式の昭和六三年一月当時の時価は一株三万八三〇〇円であったから、五四〇万円の資金調達のためには一四一株の新株の発行で足りた筈である。それを額面金額の払込みにして、一万〇八〇〇株もの新株を発行したのは、意図的な多数派工作のためでしかない。

(二) 本件新株発行が公募の方法によって行われ、控訴人にも本件新株の引受の申込をすることができたということから、本件新株引受契約が無効でないということにはならない。なぜなら、捷之助は、持株割合の多数派工作によって被控訴人会社の支配権を取得する目的で本件新株の発行を行ったのであるから、仮に控訴人が本件新株の引受の申込をしたとしても、被控訴人会社は控訴人に新株の割当をする筈はなく、全株を被控訴人南に割当てることは必至であり、結果は全く同じである。したがって、控訴人が本件新株の引受の申込をすることは、株式割当の不公正さをも争う必要が生ずることになり、紛争を増大させることでしかない。そのために、控訴人は本件新株の引受申込をしなかったものであり、そのことをもって、本件新株引受契約が無効でないとすべきではない。

二  控訴人の主張に対する認否と反論

1  本件訴えの適法性について

(一) 控訴人の主張はいずれも争う。

(二) 控訴人は、著しく不公正な方法による新株の発行が行われた場合には、救済手段につき商法上特別の規定がないので、一般原則により、不公正な方法による発行であることにつき悪意で新株を引受けた者に対し引受無効の確認を求めることができるとし、あるいは、民法四二四条の詐害行為取消または信託法三一条の信託違反行為の取消に類似する訴えとして引受無効確認の訴えができるなどと主張するが、それは独自の見解である。

(三) 結局、控訴人は、本件新株発行そのものに対し異議を述べているものであり、「著しく不公正な方法による新株発行により不利益を受ける株主」としては、商法二八〇条ノ一〇による事前差止か、もしくは同法二八〇条ノ一五による新株発行無効の訴えによるべきであって、新株引受契約無効確認の訴えによるべきではない。

(四) 仮に、本件新株引受契約が無効になったとしても、本件新株発行そのものが無効となるわけではないから、引受のない株式として、商法二八〇条ノ一三により取締役が引受けたものとみなされるだけのことであり、みずから本件新株を引受ける意思もなく、また、その引受申込もしていない控訴人が同法二八〇条ノ一二によらないで本件新株引受契約無効確認請求をすることは、訴えの利益がない。

2  本件新株引受契約の無効について

(一) いずれも争う。

(二) 控訴人の所論は、本件新株の発行が「不公正な方法による発行」であることをその立論の前提とするものであるが、「不公正な方法による発行」とは、通常不当に低廉な価格で発行する場合や、株主総会における多数議決権獲得の目的でなされる場合をさすが、本件は、前者の場合でなく、また、後者の場合は、取締役が自己またはその縁故者など特定の者にその引受権を付与する場合、すなわち、特定の株主を排除する場合に限って不公正な発行の問題を生ずるものであるところ、本件新株発行は公募の方法によってなされており、特定の者に対して引受権は付与されていないから、不公正な発行の場合にあたらない。

被控訴人南は、本件新株発行につきほかに誰も新株の引受の申込をする者がなかったために、捷之助に頼まれて、これを引受けたものである。

(三) 控訴人は、取締役は自己または第三者のために株主に不利益を及ぼすような行為をしてはならず、特定の株主の会社支配権を奪うことを意図するなど不公正な方法による新株発行をした場合には、信託法三一条と同様その新株の引受をした者に対し新株引受契約無効確認を求めることができると主張するが、右に述べたように、本件新株発行はいわゆる「不公正な方法による」ものではないから、右主張は失当である。

(四) 控訴人は、被控訴人会社がこれまで一度も増資をしたことがなく、資金需要があるときは控訴人からの借り入れで賄ってきたというが、控訴人が被控訴人会社に対する資金援助を打ち切り、取引銀行である三和銀行に対しても継続的保証打切の通告をしたため、被控訴人会社は手形割引もできなくなってしまったものである。

また、控訴人は、被控訴人会社の株式の一株あたりの価格が三万八三〇〇円であると主張するが、最近の決算で七六二四万円余の赤字を出している被控訴人会社の額面五〇〇円の株価がそのような価格であるはずがない。

第三  証拠〈省略〉

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は不適法なもので、却下すべきものと判断するものであるが、その理由は、次に付加する外は、原判決理由に記載と同一であるから、これを引用する。

本件は、被控訴人南ゆきが本件発行新株全部を引受け、かつ、その全部の引受契約の無効確認を求めるものであるところ、新株の発行が不公正なものであって、株主がこれにより不利益を受ける場合は、商法二八〇条ノ一〇の新株発行の差止や、場合によっては同法二八〇条ノ一五の新株発行無効確認の訴え等により、その救済を求めるべきであって、他人の引受けた新株発行引受契約全部の無効確認を求めることは、特段の事情のない限り原則として許されないものと解すべきである。けだし、新株発行引受契約の無効確認の訴えは、もともと新株を引受けた者又は株式につき株主としての権利を行使した者の救済を図るために認められたものであって、右以外の一般の株主が、新株の発行が不公正なものであることを理由に、他人の引受けた発行新株全部の引受契約の無効確認を求めることは、(1)新株を引受けた者又はその株式につき株主としての権利を行使した者についてのみ引受契約の無効又は取消の権利行使の制限を定めた商法二八〇条ノ一二の規定や、さらには株主は、六か月以内に新株発行の無効確認の訴えが提起できる旨定めた商法二八〇条ノ一五の規定の趣旨等に照らし、商法の予定していないところであると解すべきであるし、(2)また、場合によっては、商法二八〇条ノ一五の訴えにより、発行された新株全部の無効が確認されたと同様の結果を招くことにもなりかねないのみならず、(3)これを実質的にみても、新株発行の差止により権利を害される株主は、前述の如く、新株発行の差止や新株発行無効確認の訴え等によりその救済を求めることができるから、特段の事情もないのに、それ以外に、さらに、他人の引受けた新株全部の引受契約の無効確認を、無制限に許して、その引受人の権利を、その意思に反して、喪失させることは、何時までも、新株引受人や会社の地位ないし権利関係を不安定にして、極めて不合理であるからである。したがって、控訴人の本件新株引受契約の無効確認を求める本件訴えは、この点でも不適法である。

控訴人は、種々の理由をあげて、本件訴えは適法であると主張するが、右主張はいずれも控訴人独自の見解であって、採用することはできない。

(なお、仮に、本件訴えが適法であるとしても、次の理由により、本件控訴を棄却すべきである。すなわち、本件では、原審で実体についても審理がなされ、かつ、予備的に実体についての判断もなされていることは本件記録上明らかであるし、また、控訴人も当審で実体判決を求めているから、このような場合には、原判決が訴え却下の判決をした場合でも、当審で実体について判断することができると解すべきところ、本件における全証拠によるも本件新株発行が不公正な方法でなされたことを認めることはできないから、本件新株発行引受契約は当然無効とは言えないし、その他本件新株発行が当然無効と言えないことは、原判決六枚目裏一二行目から同七枚目表七行目までに記載の通りであるからこれを引用する。そうとすれば、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきところ、控訴人の本件訴えを却下した原判決に対し、被控訴人から、控訴ないし付帯控訴がないから、不利益変更禁止の法理により、結局、本件控訴を棄却すべきである。)

したがって、本件訴えを却下した原判決は、結局相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤 勇 裁判官 高橋史朗 裁判官 横山秀憲)

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